いつもなんか天気が悪い

世界一意識低いけど、自意識は人一倍

無職日記 2022年1月23日(日)

11時起床

毎日日曜日みたいなもんのくせに普通の社会人よりも寝てるもん。

今日は週に一度の買い出しにでかける。ふるさと納税でいただいた豚肉がたくさんあるので肉を買わなくて済むのがありがたい。

最近はInstagramに猫の写真をあげるなどしている。いいねがもらえるのが嬉しすぎて何回も開いたり閉じたりしているので、とても時間の無駄である。SNSに自分の写真なんてあげたこともないけど、猫の写真に関しては「見てくれ見てくれ見てくれ!ただ見てくれ!少しだけでいいから見てくれ見てくれ!本当に見てくれ!頼むから見てくれ見てくれ見てくれ」くらいの承認欲求がでてしまう。うちの可愛い猫見てくれ。なあ、見てくれないか。そして、良いと思ったのなら「いいね」をしてくれ。ほら、見てくれ。いいだろ?ほれ、動画もあるぞ。見てくれ。さあ、ほら。見ればわかるから、ほら、な?おん。という感じ。驚くべき厚かましさ。

晩ごはんにはブリを焼いた。たまご焼きも作った。大根おろしを大量にすって、一緒に食べた。美味しかった。

お風呂に浸かったけど、ぬるかった。

無職日記 2022年1月22日(土)

11時起床

なんで毎日休みなのに休日めちゃくちゃに寝てしまうのだろうか。カレンダーが身体に染み付いている?変なの。本日は同居人に付き合って外出した。同居人が用をしている間はカフェで本を読んでいた。

西加奈子さんの『夜が明ける』をちょっとだけ読んだ。「なんかこの言い回し好きだ」と思った文を書き写しながら読んだ。こんなことをしたのは初めてだ。無職になってから、自分でも文章を書いてみる機会が増えたからだろうか、人が書いた文章の、その意味だけじゃなくて、語感とか、読み心地とか、そういう気持ちのよさを体験するのがすごく好きになった。美味しいスープをじっくり味わうような気持ちで一文ごとに目を通すようになった。文章のこの気持ちよさって今まで意識したことがなかったけれど、音楽と同じで繰り返し体験することで好きがより深まる気がする。だからノートにそっと書き写しておいた。何度でも読み返したいと思った。

お昼はとんかつを食べに行った。おろしポン酢が添えられて出てきた。「こちらのおろしポン酢でサッパリといただいてください。」と言われた。美味しかった。サッパリしていた。

家に帰ってからは、宇佐見りんさんの『かか』を読んだ。図書館で貸出予約が57人待ちだったので、結局購入したんだった。

昨日、友人と久しぶりに話して、なんだかとても疲れてしまったのを思い出して落ち込んだ。人と接すると腹が立ってしまう自分に落ち込んだ。私の心の薄暗さの吐露は、友人の一段上の不幸話に取って代わられ、最後には「まぁ……なんとかなるよ(笑)」と結ばれて終わった。安易で無価値な慰めに、単純に腹を立てている自分と、欲しい答えが貰えなかったことに憤るのを、恥ずかしく思う自分とがいた。また一段、落ち込む。「落ち込む」「怒る」「食べる」「休む」しか目がないすごろくをしているみたいな生活だな。

 

 

無職日記 2022年1月21日(金)

 

9時起床

猫にごはんをあげる。

今日は朝に散歩行くぞと気合いを入れていたものの、昨日買った「カシャカシャぶんぶん」を猫相手に振り回していたら11時になっていた。このおもちゃ、食いつきが良すぎる。すごい。猫界のSwitch的存在なのかもしれない。いつまでも遊んでいる。疲れないのか。

11時に散歩へ。平日昼前に若者って歩いていないんだなと気付いた。どこかへ向かおうとするお年寄りがたくさんいるのにも驚いた。バス停を横切る時、必ずおばあちゃんがバスを待っている。みな、どこへ行くのだろう。若者はどこへ行ったのだろう。社会から消えたのは、私だというのに。

ぐるぐる当てもなく歩いていると、遠くに看板が見えた。オレンジ色の背景に、紺色の文字……!あ、あれは、ブックオフだあああああ!!心の中で絶叫した。歩いていける距離にブックオフがあるなんて!感激!無職、通いつめること間違いなし。迷わず入店。ホビー・おもちゃコーナーには客が一人もおらず、店員さんばかり6人くらいが楽しそうに固まっていたのが恐ろしくて綺麗にターンして去った。ゲームコーナーで久々に大量のゲームを見た。テンションが上がる。本もたくさん売ってた。帰りにサザビーのデカいガンプラを見つけた。20,000円と書いてあった。私より価値があるなーとぼんやり考えていた。

特技:トイレの電気を消す

 

「トイレの電気がいつの間にか消えている」という感覚がある。トイレに入り、用を足し、トイレを出て、手を洗っている時にふと「あれ、電気消したっけ」と思って振り返ることがよくある。それが不思議なことに100%電気が消えている。逆に「あれ、電気消したっけ」と思った時に電気が消えていなかったことがない。というか「あれ、電気消したっけ」という確認の有無に関わらず、トイレの電気がつけっぱなしになっていたことは多分ない。

どうしてトイレの電気はいつの間にか消えているのであろうか。たぶん、あまりに無意識にトイレの電気を消しているんだろう。電気を消した直後に「あれ、電気消したっけ」と思っているのだから、身体にも意識にも「トイレの電気を消した」という行為の証跡が一つも刻まれていないということになる。あまりにナチュラルすぎる。このナチュラル具合を例えると、まばたきをいつしているか、歩く際に右足と左足を交互に動かすことを意識しているか、呼吸は、心臓は、、などと続いていく。このレベルの線上の末端に「トイレを出る時に電気を消す」という行為が入ってきている。反射の域になっている。意識をしなくても身体が勝手に覚えている。

何かの道を極めた人が「感覚」で神業を行っている。意識なんてものは必要がない。もはやそんなものは外にやっておくほうがよい。高度に道を極めた玄人にとって、意識など邪魔者に他ならない。たまたま私にとっての「その道」が「トイレの電気を消す」に一点集中していた。これは幸なのか不幸なのか。SDGs的には普通にアリだと思うけど。

無職日記 2022年1月20日(木)

 

9時15分起床

本日は会社の用事(書類の受渡し等)のため外出。

簡単な用だったので30分程度で終了し、開放。明日から完全な無職となる。不安しかない。

帰り道、本屋に寄った。びっくりするほど本が面白そうで、知識欲が湧いているのが分かった。ただただアウトプットする先がないことが悔やまれる。まあ仕事をしていたら何かを学ぼうとする意欲も湧いてこなかっただろうが。

この機会に色々勉強してみよう!とは、1ヶ月を怠惰に過ごした無職がよく考えそうなことである。

ねこがいつも遊んでいるおもちゃが壊れたので買って帰った。近所のペットショップのおもちゃ売り場で、人気No.1とNo.2と書かれていたものを選んだ。

「カシャカシャぶんぶん」と「じゃれ猫ブンブン」である。

非常にわかりやすいネーミングで素晴らしい。あと声に出すと元気が出る。小林製薬か。

要するに、この道具は猫に対してカシャカシャなりぶんぶんなりしてやれば良いのだということが一目瞭然である。こんな感じのゆるさで色々決められたらいいのになと思った。スマホとか、これくらい簡単になればいいのに。

王様ランキングは12話まで観てしまった。全話泣いてる気がするのだが(割と本気泣きで)私だけなんだろうか。常に元気がなかったり、落ち込んでいたり、自分に自信がなさすぎるような人におすすめしたい。

豚汁を大量に作った。今日のご飯は肉野菜炒めと豚汁。米をおかわりして、あつあつごはんに野菜炒めの最後に残った汁をぶっかけて食べたい衝動を必死で抑え込んで我慢した。喫煙者ではないけど、禁煙の苦しみに少し共感できる思いがした。

無職日記 2022年1月19日(水)

 

9時半起床

最近なんだか色々考え過ぎて眠れない。昨日は5時まで起きていたので頭痛がした。今日は一日何も手につかなかった。なんでか泣いてばかりいたような気がする。

王様ランキングは6話まで観た。どうやったらこんなに面白い話が考えつくんだろうと思って観ていた。ボッジの笑顔を見ているだけで涙が出てくる。

お昼はみどりのたぬきを食べた。同居人のお菓子をつまみ食いした。また気付くと泣いていた。心がおかしい。本を三冊も買った。届くのを楽しみに待つ。

夜はドリアを作って食べた。熱くて美味しかった。

ねこのご飯を間違えて二度もひっくり返してしまった。

 

無職日記 2022年1月18日(火)

 

10時起床

朝ごはんに堅あげポテト(ブラックペッパー味)をいただく。お菓子のストックがなくなった。

今日は久々に図書館へ行った。無職になってから三度目の図書館である。

閲覧室は相変わらずおじいちゃんで埋め尽くされていた。平日昼間の図書館に居場所のなさとなんとなくの申し訳なさをちょっぴり感じつつも、辛うじて空いている「社会人席」と書かれた席に着いた。

社会から一旦外れている身なので、ここは厳密には私の座っていい場所ではないのかもしれないと思ったが、学生と対比した場合の「社会人席」なのだから座っても良いのである。ちゃんと納税してるし。

『近現代文学集Ⅱ』を本棚から持ってきた。(Ⅰはなかった)黄色いパステルカラーのポップな装丁だったが、一作目は大戦下の話で、非常に恐ろしくて、おぞましい話だった。

人間のことが恐くてたまらなくなるような卑劣な内容に、いっそ目を覆って「やーめた」と本を閉じてしまいたかったが、文章の力で全部読まされてしまった。文学とか歴史とか人間とか、私の辿り着き得ない境地の擬似体験をした気分だった。何重かの意味で「恐怖」を感じて震えた。

私の存在が「塵ゴミの漏らした糞からさらに捻り出された糞」のように感じられた。塵ゴミは糞をしないが。なんてちっぽけなんだろうか、と。

 

間もなくして、図書館から出ようと本を棚に戻していると、聞き慣れない電子音が鳴った。

「ピピピー!」

「お客様〜〜」

職員さんが小走りで退館者の後を追う。連れられて戻ってきたのは案の定おじいちゃんだった。

「こちらのゲートがですね、ピピーと反応してしまいまして…」「もしかしてですが、貸出し処理を行っていない本などお持ちではないでしょうか?」と身振り手振りを使いながら、どこまでも丁寧な口調と優しい声色で事情聴取が行われる。

私はそんな様子を、誤作動かな〜職員さんもおじいちゃんも大変そうだな〜と横目でチラチラ観察していた。

すると、おじいちゃん

「持ってるけど、本」と。

 いや、持っとんのかい。本持っとんのかい。そら鳴りますわ。そらピピー言いますわ。

私は関西圏出身でもなんでもないのに脳内でめちゃくちゃに吠えまくっていた。

しかし、この堂々たる供述、ぜひ見習いたいと思った。もし私が退出する際に警報音が鳴り響いたとしたら、このような対応はまずできない。

「えっと、あの、へへ、すみませ、、、へぇへへっぇ」

と「ごらん、あれが世界で一番気持ち悪い虫の様子よ」「わーほんとだ、きもちわるーい」と指さされそうな対応になるに決まっている。

 

帰り道では、可愛い黒のブルドッグを見た。思わず見過ぎた。釘付けである。短い4本の足をもの凄い速さでぴょこぴょこぴょこぴょこさせているのがたまらなかった。「ぼく、あんよをフル稼働させてあるいてますよ!」という顔をしていた。その割にはスピードがあまりに遅いというのも含めて100点満点をあげた。愛されることが明らかに確定している。可愛いの紋所が歩いていた。

今日はいいものをいくつも見た。

家に帰ってからは、「王様ランキング」の一話を観て、声が出るほど泣いた。

気になっていた文藝賞受賞作品が図書館で借りられるかスマホで蔵書検索をしてみる。残念ながら貸出し中と表示されたので「そりゃそうか」と肩を落とすも、貸出予約ができるようだったのでログインし、予約ボタンを押下する。

「予約が完了しました」の文字の下に「順位:57」と表示されていた。

「ごじゅうなな!??」スマホに向かって叫ぶ姿は、まるで宝くじ高額当選者のようだったか、あるいは「ビンゴー!」と続けて叫び出しそうな勢いでもあった。

 私はその本をいつ読むことができるのだろうか。いや、普通に買えばいいんだけど。

 

心揺さぶられる一日だったと思う。私にしては珍しい。